Blog 2026.07.30

読者に選ばれる「理由」を作る

Mediahuisのシグネチャー・ジャーナリズム

幅広いニュースを扱う新聞が、読者から「この新聞だから読みたい」と思われる強みを、どう育てるか。その強みを一度きりの大型企画で終わらせず、日々の記事選びや紙面、サイトでの見せ方にどう表すか。

今回は、欧州のメディアグループMediahuisが進める「シグネチャー・ジャーナリズム」を紹介します。これは、私が毎日新聞社に在籍していたころから考え続け、いまもMargin Shiftのコンサル業務で向き合っている課題と重なる取り組みです。

Mediahuisは、ベルギーを本拠に、オランダ、アイルランド、ドイツ、ルクセンブルクなどで、30を超えるニュースブランドを持つ企業です。全国紙、地域紙、大衆紙、専門媒体など、性格の異なる新聞が同じグループに入っています。

同社がシグネチャー・ジャーナリズムと呼ぶのは、各紙らしい切り口や語り方を持ち、読者が時間を使い、料金を払ってでも読みたいと思える記事です。Mediahuis傘下の各紙は、自分たちが重点的に扱うテーマと記事の形式、本数、掲載頻度、見せ方を組み合わせた「signature mix」を決め、「この分野なら、この新聞」と思ってもらえるよう、記事作りと届け方を継続して見直します。

この記事では、各紙が自分たちの強みをどう選び、記事計画やホーム画面、ニュースレター、人員の配分にどう反映しているかを追います。最も詳しい情報が公開されているIrish Independentの事例を中心に、ほかの新聞での展開、サブスク事業との関係、公表済みの成果も確認します。最後に、私の経験も踏まえ、Mediahuisの方法を日本の一般紙に重ねて考えます。

本稿は、Mediahuisの年次報告書と公式発表、公開された講演資料、業界媒体が掲載した経営者・担当者への取材記事を基にしています。Mediahuisへの個別取材は行っていません。

Mediahuisは30を超えるニュースブランドを持つ

2014年、Mediahuisが持っていたのはベルギーの4紙だけでした。その後、買収を重ね、オランダ、アイルランドと北アイルランド、ドイツ、ルクセンブルクへ事業を広げました。現在は30を超えるニュースブランドを傘下に持ちます。

地域紙、大衆紙、専門媒体では、読者も取材領域も異なります。CEOのGert Ysebaertは、各紙にはそれぞれの「DNA」があり、シグネチャーも一紙ずつ異なると説明しています。

技術面では、ニュースサイトやアプリを支える基盤の共通化を進めています。2024年版の年次報告書は、中央の技術基盤を大きな「レゴの箱」にたとえました。各ブランドが必要な部品を選んで使い、記事内容やブランドの違いは保つという考え方です。

シグネチャー・ジャーナリズムが全社の課題になった背景には、紙からデジタルへ収入の中心を移す計画があります。Ysebaertは2024年5月の講演で、2030年までに収入構成を紙70%・デジタル30%から、紙30%・デジタル70%へ転換する「7-7-7」を説明しました。

Mediahuisのデジタル会員は2025年に100万人を超えました。これは会社全体の実績で、シグネチャー・ジャーナリズムだけの成果として公表された数字ではありません。Ysebaertは同年版の年次報告書で、紙の契約のほうが1契約あたりの平均収入は大きいと説明しています。

2026年7月には、グループのB2C戦略責任者Matthijs van de Peppelも、デジタルの伸びはまだ十分に速くないとの認識を示しました。Mediahuisは、デジタルで長く利用してもらい、料金を払う意味を感じてもらうための全社戦略を、シグネチャー・ジャーナリズム、ブランド、顧客価値の三本柱で進めています。

Signature Journalism Weekで7項目を調べる

Mediahuisは2025年初夏から、傘下の編集部で「Signature Journalism Week」を始めました。最初に行ったのはIrish Independentです。ワークショップは4日間、計約15時間です。事前準備と終了後の作業は、この時間に含まれません。

Mediahuisの担当者が公開した資料には、次の7つの検討項目が並んでいます。

  1. 編集部の認識(Identity):編集部は、自紙の強みを何だと考えているか
  2. 読者の期待(Expectations):今の読者や、これから読者になり得る人は、その新聞をどう見ているか
  3. 記事量(Volume):分野ごとに、実際に何本の記事を作っているか
  4. 見せ方(Promotion):ホーム画面、アプリ、ニュースレターなどで、どの記事を目立たせているか
  5. データで見た読まれ方(Quality):記事がどれだけ長く読まれているか
  6. 投入人員(Efficiency):どの分野に、どれだけの人を充てているか
  7. 各紙の行動計画(Action plan per brand):これらを踏まえ、何を変えるか

編集部が強みと考える分野でも、ホーム画面やニュースレターでほとんど扱われなければ、読者からは見えにくくなります。Mediahuisは、こうした編集部の認識と、読者がデジタルで実際に目にする記事とのずれを調べます。ホーム画面やニュースレター、プッシュ通知は、各紙の個性を見せる「ショーウインドー」と捉えています。

Mediahuisは、PVだけでなく、読者が記事をどれだけ長く読んだかを重く見るようになりました。担当者は、データは方向を考える手がかりにはなるが、それだけで答えは出ないと話しています。PVだけを追うと、事件や著名人など、短期的に注目を集めやすい記事が前に出ます。文化、国際、農業など、その媒体の使命に合う分野でも、PVだけを基準にすると前面に出にくくなる場合があります。

記事を読んだ時間の算出方法や、それを評価にどう反映しているかは公表されていません。強みを選ぶ際には、読者データに加え、編集部の考え、読者の期待、実際の記事量、デジタルでの見せ方、人員も一緒に調べています。

Mediahuisは、記事量と投入人員を一緒に調べます。重点記事のために、どのテーマを何本作るか、記事、動画、音声のどの形式で届けるか、どこで目立たせるかを決めます。企画会議や記者の提案方法、担当する人員も見直します。

2026年7月の時点でも、担当者は各編集部を回りながらSignature Journalism Weekを続けていました。すべての編集部で終えたとする発表は、今回確認した資料にはありません。Mediahuisは共通の7項目を使い、各紙がそれぞれのsignature mixを決める作業を進めています。

Irish Independentは1日20~25の主要枠と部門ごとの記事本数を決めた

Irish Independentは、Signature Journalism Weekを最初に行った新聞です。公開資料では、選定後の記事枠や部門別の本数、編集部での運用まで、最も詳しく説明されています。

Mediahuisの担当者によると、同紙は当時、週に約2,000本の記事を出していました。このうち約600本は、PVがほとんどなかったといいます。一方、アプリやホーム画面で1日に強く見せられる記事は、20~25本程度でした。

PVがほとんどなかった記事の内訳は公表されていません。同紙は、限られた主要枠に何を継続して載せるかを決めました。

その説明では、主要枠のうち約10枠は、速報、試合結果、ライブブログ、進行中の大きなニュースに充てます。残る約15枠には、分析、インタビュー、調査報道などの掘り下げた記事と、大きな独自記事を置きます。

同紙は世界のニュースも、大きな出来事があれば扱います。ただ、世界ニュースは自紙の特徴として打ち出す分野から外しました。政治、スポーツ、犯罪を主な強みに選び、旅行、食、レビューなど、生活を楽しむための記事は、社内では「Enjoy Life」とまとめました。

重点分野は、部門ごとの週間計画にも反映されました。公表された例では、スポーツ部門は週16本で、スポーツ記事13本に、人に焦点を当てた記事3本を組み合わせます。ビジネス部門は週9本で、ビジネス記事7本、人に焦点を当てた記事1本、実用記事1本です。INMAが伝えた週間計画の例で、この本数が各部門の全記事数を指すのか、恒久的な基準なのかは公開資料から確認できません。

この配分や部門別の本数は、Irish Independentが自紙に合わせて決めたものです。Mediahuis全紙の共通基準ではありません。各紙で必要な速報の量も、強みとして選ぶ分野も変わります。

日々の会議も見直しの対象になりました。編集者がデジタルの主要枠を基準に企画を考え、記者の提案もsignature mixに沿うよう、会議の進め方を変えていました。どの記事をホーム画面、ニュースレター、プッシュ通知のどの枠で見せ、どのような反応があったかを追うツールの開発も進めていました。

2025年11月の時点で、編集長のCormac Bourkeは、計画の実施は全体の3分の1ほどだと説明していました。2026年7月には、同紙がAudience Development Editorの募集要項を公開しました。募集要項には、シグネチャー記事をホーム画面でどう見せるか、ニュースレター、SNS、検索でどう届けるか、見出しのA/Bテスト、動画・音声、データ分析などが仕事として挙げられていました。

募集要項からは、日々の配信と分析を編集部の仕事としていることが分かります。Irish Independentでは、記事計画と届け方の見直しが続いています。

Mediahuisの年次報告書に載った各紙の事例

Irish Independentでは、ワークショップ後の重点分野、主要枠、部門別本数まで公表されています。ほかの新聞については、すでに強かった報道分野を専門ブランドへ育てた例や、Mediahuisの年次報告書がシグネチャー・ジャーナリズムの例として紹介した企画があります。各紙の恒常的なsignature mixが一覧で公表されているわけではありません。

Mediahuis Irelandは、Crime Worldというポッドキャストへの反応から、犯罪報道をデジタルで詳しく届けることをSunday Worldの強みにできると判断しました。2024年末にSundayWorld.comをCrime Worldへ改称する方針を決め、約12か月の準備を経て、2025年11月25日にサブスク型サイトとして公開しました。

切り替えたのはウェブサイトとアプリです。紙のSunday Worldは従来の名称を残しています。Crime Worldには、犯罪をめぐる最新情報、調査報道、長文の分析、独自ポッドキャストが集められ、無料記事と会員限定記事があります。既に持っていた取材の強みを、サブスクを組み込んだ専門ブランドへ育てた例です。

Mediahuisの年次報告書は、Crime Worldのサブスクが予想を上回ったとしています。契約数は公表されていません。また、このブランドがSignature Journalism Weekから直接生まれたとは確認できません。

ベルギーのGazet van Antwerpenが手がけた「Narco-Immo」は、アントワープの麻薬犯罪とドバイの不動産取引を追った調査報道です。数か月かけて取材し、記事や動画を10日間にわたって公開しました。Mediahuisの2024年版年次報告書によると、60万人を超えるユニークユーザーと240万PVを記録しています。地域で積み重ねてきた取材とデータ分析を組み合わせ、一つのテーマを複数の形式で届けた企画です。

Nieuwsbladの事例には、政治報道と生活記事の両方があります。2024年の選挙では、政策比較、自治体ごとの投票支援ツール、候補者情報、党首インタビュー、ポッドキャスト、ほかの政治家との討論、開票結果を組み合わせました。2025年版の年次報告書には、オリーブ油などを調べた消費者向け商品テストも載っています。同紙の責任者は、暮らしに密着したサービス・ジャーナリズムを重要な柱とし、こうした記事を自紙のシグネチャーだと説明しています。

オランダのNRCは、2025年の総選挙を前に、13人の党首へインタビューしました。このうち4人の取材は、長文記事、ポッドキャスト、YouTube、SNSへ展開しています。一つの取材を、読者が普段使う媒体に合わせて、記事、音声、動画へ展開した例です。

Narco-ImmoやNieuwsblad、NRCの取り組みは、Mediahuisの年次報告書がシグネチャー・ジャーナリズムの例として紹介したものです。日々のsignature mixを一覧にしたものではありませんが、各紙がどのテーマや形式に自紙らしさを出そうとしているかは、ここからうかがえます。

ニュース、生活記事、行動支援をサブスクに組み合わせる

Mediahuisは、サブスクで読者に提供するものを、Inform、Guide、Enableの三つに分けています。

  • Inform:日々のニュース、解説、調査報道などを届ける
  • Guide:健康、暮らし、お金などについて、読者の判断に役立つ記事を届ける
  • Enable:電子書籍や徒歩・自転車のルートなど、読者が何かをするときに使えるサービスを提供する

Ysebaertは2024年の講演で、この三つを「これからのニュース・サブスク」に含めるものとして説明しました。続けて「more journalism」を掲げ、その中身としてシグネチャー・ジャーナリズムを語っています。講演を伝えた記事は、シグネチャーが三つのうちどれに当たるのか、別に扱っているのかを明記していません。

2026年3月に掲載されたMediahuis幹部へのインタビュー記事では、シグネチャー・ジャーナリズムをInformの領域に置いています。Informで各紙ならではの報道を届け、Guideで暮らしの判断を助け、Enableで実際の行動に使うサービスを加える、という説明です。

Nieuwsbladは、消費者向けの商品テストなど、Guideに近い生活記事も自紙のシグネチャーと呼んでいます。公開資料では、シグネチャーという言葉の使い方がInformとGuideにまたがっています。

Inform、Guide、Enableは、サブスクに何を含めるかを整理した三つの層です。シグネチャー・ジャーナリズムは、各紙がどのテーマと形式に自紙らしさを出し、読者に繰り返し見せるかを決めるものです。

傘下のサブスクには、RouteYouという徒歩・自転車ルートのサービス、電子書籍、パズル、姉妹紙の記事などを加えた例もあります。サブスクを日常的に使う理由を増やすための取り組みです。各紙らしい記事を育てることと、記事以外も含めたサービスを広げることを並行して進めています。

The New York Times(NYT)は、一般ニュースを中心に、The Athletic、Cooking、Games、Wirecutterなどをそれぞれの商品として育て、複数の商品をまとめたサブスクを広げています。単品の契約も、新しい読者の入口として残しています。

一方、Mediahuisは、国や地域、読者層の異なる30以上の新聞ブランドそれぞれの個性から出発します。各紙が重点分野と記事形式を決め、一部のサブスクには生活記事や行動支援サービス、姉妹紙の記事も加え、読者が繰り返し使う理由を増やそうとしています。

公表された成果はまだ個別の企画やブランドに限られる

Mediahuisの担当者は2025年9月、Signature Journalism Weekを先行して実施した編集部では、読者が記事を読んでいる時間が伸び始めたとINMAに説明しました。同じ時点で、結果を共有するにはデータがまだ足りないとも述べています。

個別の企画では、具体的な数字が公表されています。Sunday Independentの「Troubled Waters」は、アイルランドのボート競技団体Rowing Irelandのトレーニング環境と、それが選手に与えた影響を2年以上追った調査報道です。2万語を超える記事を2週にわたって掲載し、ポッドキャストも配信しました。Mediahuisの2025年版年次報告書によると、会員が記事を読んだ時間は計59万1,998分、PVは16万5,112、新規サブスクは148件、ポッドキャストのダウンロードは6万2,000回を超えました。

これらはMediahuisの公表値です。年次報告書には、計測期間、通常の記事との比較、制作費のほか、新規サブスク148件の集計方法も記されていません。

Narco-ImmoとCrime Worldについて公表された結果も、個別企画やブランドの実績です。プログラム全体については、導入前後の新規サブスク、解約率、収入、制作費、人員配置の変化は公表されていません。2025年にデジタル会員が100万人を超えたことも、シグネチャー・ジャーナリズムの成果として発表されたものではありません。

各編集部への導入は続いていますが、サブスク事業全体への効果を判断できる段階ではありません。

記事の本数、見せ方、人員まで一緒に決める

私は、今の新聞社では、編集と経営を切り離して考えられないと思っています。特にサブスクを事業の柱にするなら、読者に必要とされる報道と事業の持続性をどう両立させるかが問われます。

Mediahuisのシグネチャー・ジャーナリズムは、一紙の強みを一つに絞る仕組みではありません。Irish Independentは政治、スポーツ、犯罪に加え、人に焦点を当てた記事や生活記事を組み合わせる一方、必要な速報や世界ニュースも残しました。日々必要なニュースを保ちながら、複数の強みを育てています。

この考え方は、私が前職で向き合った課題とも共通します。各社の事情は違いますが、サブスクへの転換を進める日本の新聞社にも、似た課題はあると思います。

Mediahuisは、「各紙らしさ」を理念で終わらせず、日々の運用に結びつけています。私はこの点にも注目しています。Mediahuisでは、傘下の編集部を対象にSignature Journalism Weekを進めています。グループの戦略担当者と各紙の編集部が、自分たちの考える強み、読者からの見え方、記事量、ホーム画面やニュースレターでの扱い、読者が記事を読んだ時間、投入人員を一緒に調べ、行動計画を作ります。

各紙は、強みの候補を選んだあと、記事の本数、形式、掲載位置、配信、投入する人員までを計画し、結果を確かめながら見直します。私の言葉でいえば、記事作りと届け方を一体にしてPDCAを回す仕組みに近いものです。

編集部の考えと読者データを照らし合わせ、記事作り、サイト編成、人員の配分を一つの運用として扱うことは、私が前職で制度づくりと運用に携わった際にも重視していました。

CEOのGert Ysebaertは、シグネチャー・ジャーナリズムを全社プログラムと位置づけ、人員と資源を各紙の強みに集中させる必要を語っています。編集部に任せきりにせず、経営側も関わっています。私は、この役割分担は制度を形だけで終わらせず、続けるうえで重要だと考えます。

成果を判断するには、まだ時間が必要です。ただ、Mediahuisが各紙の強みを言葉にするだけでなく、それに合わせて記事計画、見せ方、人員、データまで見直している点に、私は強く関心を持っています。前職時代から考え続け、いまもコンサルの現場で向き合っている課題だからです。

参考にした主な資料
← ブログ一覧へ

有料デジタル運用に関するご相談は、お問い合わせからお受けしています。