日本の新聞社は、高校野球だけでなく、サッカー、バスケットボール、ラグビー、駅伝、女子スポーツ、地域リーグなどを長く取材してきました。記者が大会へ足を運び、学校や競技団体と関係を築き、試合結果を記録し、写真を残してきました。
この記事では、こうした取材を、記事の一分野ではなく、読者が継続的に利用するデジタルサブスクリプションサービスとして提供する方法を考えます。
米国の地方紙、Minnesota Star Tribuneの高校スポーツ専門サイト「Strib Varsity」は、その具体例です。同社は、競技別に分かれていた高校スポーツサイトと本体ニュースサイトの記事を、日程や結果、学校・チームページ、映像とともに一つのバーティカルサイトにまとめました。
米国と日本では、学校スポーツの仕組みも、映像や写真などの権利も異なります。Strib Varsityと同じものを日本で作ることは難しいでしょう。ここでは、米国の事例をもとに、新聞社が地域の取材で集めてきた情報をどのようなデジタルサービスにし、自社の事業に組み込んだのかを見ていきます。
マルチプロダクト戦略と「super-serve」
Strib Varsityの事例を深掘りする前に、前提として米国のニュースメディアの事業モデルとしてよく参照されるThe New York Timesのマルチプロダクト戦略を説明します。
この事業手法は、従来型ニュースではない分野も含め、顧客が価値を感じ、継続的に利用する潜在力のある特定分野の情報を本体のニュースサイトとは分けた専門サービスとし、それぞれを顧客の獲得・維持のための接点とする仕組みです。
The New York Timesは、ニュースのほか、The Athletic、Cooking、Games、Wirecutterなどを提供しています。それぞれ単独でも契約できますが、複数のサービスをまとめたデジタル・バンドルもあります。2025年末時点で、デジタル専用購読者1,221万人のうち、648万人がバンドルまたは複数商品を利用していました。
NYTは、読者が何度も使う目的ごとに専門サービスを設けています。スポーツならThe Athletic、料理やレシピならCooking、ゲームならGamesというかたちです。
この事業手法では、専門サービスを、すぐに本体ニュースサイトと別料金で提供する必要はありません。まず通常のニュース購読契約に含めて使ってもらい、利用者数や継続率、運営にかかる費用を確かめ、単独契約や追加料金でも成り立つかどうかを判断するかたちにできます。
特定分野に対象を絞り、専用のブランドや機能を持たせる方法はverticalizationと呼ばれます。Strib Varsityは、Minnesota Star Tribuneが得意としてきた地域スポーツを専門サービスにした事例です。
全国ニュースやプロスポーツと比べ、特定地域の学校やクラブを継続して追う情報は、ほかでは見つけにくいです。日程、結果、順位、選手情報は試合のたびに更新され、過去の記事や写真も、チームや大会ごとにまとめれば、蓄積された財産となります。
米国のメディア業界では、特定の読者に必要な情報を徹底して届けることを「super-serve」と表現します。地域スポーツも、その対象の一つと考えられています。
Strib Varsity 地域スポーツ専門バーティカルサイト
Strib Varsityは、公式説明では約500校、32競技、20万人を超える生徒アスリートを対象としています。担当者は取材に対し、約4,000のチームページがあると説明しています。
同社は以前から、MN Football HubやMN Basketball Hubなど、競技別の高校スポーツサイトを運営していました。Strib Varsityでは、これらのサイトと本体ニュースサイトに分かれていた高校スポーツの情報を、一つのブランドにまとめました。
取材対象は32競技と幅広く、記録をそろえやすい競技では詳しい成績も掲載しています。詳しいスコアや選手・チーム成績を集める競技として、フットボール、サッカー、バスケットボール、アイスホッケー、野球、ソフトボールなど13競技を挙げています。
Strib Varsityでは、誰でも見られる情報、無料会員が使える機能、Star Tribuneの購読者に提供する記事や映像を分けています。
日程、スコア、選手名簿、順位、主な成績、学校・チームページの多くは無料です。検索やSNSから訪れた人も、自分の学校やチームを探し、次の試合を確認できます。試合の予定や結果を調べるために、何度も訪れる使い方を想定しています。
無料会員に登録すると、学校、競技、チームをフォローでき、自分が関心を持つ記事や映像を見つけやすくなります。試合開始や結果を知らせる通知機能も今後提供する予定です。
独自記事、分析、番組、ライブ・見逃し配信の多くを見るには、購読契約が必要です。購読はStar TribuneとStrib Varsityのどちらのサイトからも申し込めます。入口ごとに訴求内容や価格、特典は異なりますが、どちらから契約しても両方の有料コンテンツを利用できます。Strib Varsityは高校スポーツの記事やライブ配信をまとめた専門サイトであると同時に、独自のブランドで購読者を獲得する入口にもなっています。
2026年初めに掲載された二つの取材記事によると、Strib Varsityには常勤記者6人(うち1人は映像担当)と編集者がいます。試合データの更新には約12~15人のフリーランサーまたはパートタイム担当が関わり、常勤のコーディネーターが取りまとめています。さらに、プロダクトマネジャー、専任デザイナー、エンジニア、外部の映像会社も参加しています。
Strib Varsityの担当者は2026年1月の取材で、新規購読の約10%がStrib Varsity経由だったと説明しています。また、Strib Varsityのペイウォールを見た人が購読に至る割合は、Star Tribune本体の約3倍だったとしています。
Google News Labの初代ディレクターを務めたMinnesota Star TribuneのCEO、Steve Grove氏は、利用者が増え、十分な内容を提供できるようになれば、Strib Varsityだけを利用する単独契約や、既存のStar Tribune購読者に追加料金を求めるプランなどを将来検討できると話しています。現時点では「まだそこには達していない」という判断を示しています。
MassLive 記者を増やし、高校スポーツ取材を州東部へ拡大
地域スポーツを別の方法で強化した例として、マサチューセッツ州のデジタルメディア、MassLiveを取り上げます。
MassLiveは、専用サイトや別ブランドを作らず、自社サイトの中にコンテンツを置きながら、高校スポーツ担当の常勤記者3人を採用して、州西部を中心としていた取材範囲を州東部へ広げています。
記事、学校・チームページ、試合結果はMassLiveサイト内にあり、記事には無料と有料があります。Medill Local News Initiativeの取材に対し、同社幹部は、2025年に獲得した新規購読の約3分の1は高校スポーツのコンテンツがきっかけだったと説明しています。
MassLiveは今後、自社で試合を中継することや、取材地域をさらに広げることにも言及しています。現在は、高校スポーツの有料配信サービス「NFHS Network」で配信される試合をまとめ、視聴ページへのリンクを掲載しています。
MassLiveは高校スポーツを購読獲得の重要な領域ととらえ、本体サイトの中で強化しています。Strib Varsityと提供内容が重なる部分はありますが、事業への組み込み方は異なります。もともとMassLiveがスポーツをニュースと並ぶ重要な分野として扱ってきたことが、この違いに関係していると考えられます。
地域スポーツで読者との強い接点を作る方法は、verticalizationだけではありません。各社の収益構造や競争環境に合う方法を選ぶことになります。
日本への示唆
日本では、地域スポーツ情報の提供について、新聞社ごとにさまざまな取り組みがあります。
Strib VarsityやMassLiveのように、地域スポーツを「super-serve」と位置付け、自社の商品として強化する場合、関係者や行政と調整しなければならないことがいくつもあります。
映像配信や写真販売、選手記録のデータベースを商品として提供する場合、権利や未成年者の情報をどう扱うか。写真や映像の悪用をどう防ぐか。
事業として成立するかどうかは、記事の閲覧数、有料契約の申し込み数、取材・編集体制を支える人員、安全対策にかかる負担を合わせて判断することになると思います。
日本の新聞社の多くは、スポーツ大会の主催や協賛、継続的な試合の報道などを通じて、スポーツに関わる生徒や保護者、学校や団体と関係を築いてきた経緯があります。
まずは、そのスポーツ分野に対する利用者のニーズや関心が十分に強いかを確かめる必要があります。そのうえで、関心に合うサービスを適切な価格で設計できるか。この先は個別具体論になります。
- The New York Times Company, 2025 Annual Report on Form 10-K
- Minnesota Star Tribune / Strib Varsity, "About Us"
- Minnesota Star Tribune / Strib Varsity, "Everything Minnesota high school sports, in one place"
- Minnesota Star Tribune Help Center, "Subscriptions"
- Minnesota Star Tribune Help Center, "Scores, Stats and Stories"
- Minnesota Star Tribune Help Center, "Schools, Teams and Athletes"
- Minnesota Star Tribune, "Steve Grove"
- A Media Operator, "High School Sports Supercharge Subscriptions at the Minnesota Star Tribune"(2026年1月14日)
- Medill Local News Initiative, "All in on high school sports"(2026年2月24日)
- Medill Local News Initiative, "Steve Grove on AI, Building Trust and Reinventing the Minnesota Star Tribune"(2026年3月24日)
- Nieman Reports, "MassLive Looks to High School Sports to Expand Digital Readership"(2025年1月2日)
- MassLive, "2026 Massachusetts high school softball semifinals and finals"(2026年6月9日)
- 個人情報保護委員会「個人情報保護法の適用除外とはどのような制度ですか」「子どもの同意能力に関するFAQ」
- 全国高等学校体育連盟「放送・撮影申請」
- 日本サッカー協会「令和8年度全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会 観戦ルール」
- 日本スポーツ協会「スポーツにおける盗撮・性的画像による被害」